ういろうの小説



『さくら』3

「ところでフランスには、桜はあるの?」

「フランス行った事ないし、遠い国。さやの方こそ、フランス出張もあるお父様から話しは、聞いたことないの?」

「ついついパパに会える嬉しさで、自分の話しをしちゃって…。パパいつまでもニコニコして、聞いていてくれるの。1週間もしたら、出張で居なくなるから、話すだけ話しちゃう。」

「そう言えば、海外に桜って、ワシントンD.C.だって、中学の英語の教科書にあったね。」

「第一章が、"Hello!Taro.""Hello!Bill."太郎とビルの出会い(笑)ワシントンD.C.は、第十章。」

「あはははははっ。」

ついこないだ迄中学生、それが高校生になると中学時代を幼き自分と捉える程、成長を重ねて行くのである。

中学校に入学した頃に比べると飛躍的に伸びる学力。高校3年間で学ぶ、より高度な学力は、更に爆発的な量である。

大人になると、忙しく時間に追われるが、今一度高校や大学の授業を聞き直したい科目があるものだ。

そんなまだ二人には、フランスに関する認識は未熟である。

「喉渇かない?飲み物何かないかなぁ。母さんに聞いて来るね。」


キッチンには、母親の姿は見当たらない。買い物に出掛けたのかもと思い、冷蔵庫を開けた。

春の心地よい夕暮れ時。

ひんやりとしたのど越しの良い飲み物を冷蔵庫を覗き、探していた。

カルピス、麦茶、牛乳、ビール、出汁?

そして一際目立つトリス・コンクオレンジという聞いた事のない液体の瓶。オレンジジュースなら良いかしら?と作り出したのです。

コップ2個に氷を入れ、4分の1のトリス・コンクオレンジに水で希釈。トレーに乗せてさやのいる居間へ持って行った。

「オレンジジュース?ありがとう。」

「さや、トリス・コンクって売っているの見たことある?」

「トリス・コンク?何それ?」

「これね、トリス・コンクオレンジなんだって。濃縮のオレンジの液体でね、カルピスみたいに水で希釈したら!オレンジジュースになったの。4倍で10%だって。」

「わざわざ希釈して飲むの?」

「希釈出来るって、何でも割れるから便利じゃない?好みの濃度に出来るし。」

「あっ、そっか!」

「味は、どう?」

「懐かしい味ね!」

「やだ!さや、今幾つ?まるで2,30年前を懐かしんでいるみたい。」素朴な会話で、二人の笑顔は絶えない。

その笑い声に釣られるかのように、父親が書斎から出て来た。どうやら仕事関係の電話、メール対応が一段落したようだ。

「何て良いタイミング!」さやは、にっこりとしている。

そんなさやの表情を一瞬で読み取り、くるりと背を向けて書斎へ向かおうとしていた。

「えーっ、なんでー。ちょっと!待って、待って。おじさん!」

その言葉にピタリと足を止めた。しかし、またそのまま歩き出したのです。

「やだ、やだ、やだ。おじさんに聞きたい事があるのに。逃げてる!」

やっとこちらに向き直り、笑っていたのです。

「もうーっ、おじさんったら!」

幼い頃からこうやって、たまに他愛なく笑わせてくれたりするのでした。寂しがるさやの笑顔を引き出す父親の優しさなのかもしれません。
「おじさん!教えて頂けませんか?」

さやが父親に対して言葉が丁寧になると、本当に知りたい桜の話しだとピンと来るものだ。

「フランスには、桜はあるのかしら?」

そんな静かな勉強熱心な姿に桜の話しは、より学術的に話してくれるのだ。

「さやちゃん、桜とは何かな?」

「桜?バラ科モモ亜科スモモ属、サクラ属って事?」

「さやちゃんにとって桃やスモモは、桜かな?」

「うーん。入れてない。桃は桃、スモモはスモモかな。うん。桜はどう?」

「私もサクラ属を桜と認識しているわ!桃の花を見て、桜だわ!なんて言わないし。」

「では、二人共スモモ属ではなく、サクラ属の中だけを桜だと考えているわけだ。」

「スモモ属とサクラ属は、何が違うの?」

「植物分類学では、階層分類法を使っているのは、もう理解しているようだね。スモモ属には、スモモやモモ、ウメやウワミズザクラを含み、世界では400種類にもなるんだ。」

「400種ー!」久し振りに二人揃って、絨毯にひっくり返っていた。

「父さん、ではサクラ属は?」

「サクラ属は、セイヨウミザクラやヤマザクラ等の100種になる。私を含めて、昔から多くの日本人は、サクラ属を桜と認識しているんだ。」

「ふぅーん。」父親の話しに釘付けである。

「もしかしたら、西洋の人と桜の認識が違う?」桜は、小さな頃から勘が鋭い一面を持っている。

「まず、桜は北半球の温帯に分布している植物なんだ。日本には野生種が9種あり、固有種、交配種、園芸種をまとめると600種類以上とも言われているんだよ。日本には、沢山の桜が存在する。」

「北半球なら、ヨーロッパや西アジア、ロシアや中国、日本周辺国、アメリカとか?」

「ヨーロッパや西アジア、北西アフリカも含むけれども、セイヨウミザクラだね。桜ん坊だ。アメリカには、セイヨウミザクラの原産地はなく、日米友好としてワシントンD.C.に1912年東京の市長が日本の桜を贈ったんだ。

害虫に悩まされたようだが、今やワシントンD.C.は、桜が美しく咲き誇っている。100年を超えて桜は、友好の花を咲かせているんだよ。」

「へぇ。そうなんだ!分かりやすい!」さやは、大喜びである。

「なるほど。ヨーロッパならば、フランスにもサクラ属はあるんだね。」桜は、答えに辿り着いて、嬉しそうな顔をしていた。

「フランスにもセイヨウミザクラがあるし、よく日本人でもアーモンドやアプリコットの花を桜と見間違えているようだ。イギリスには、コリングウッド・イングラムさんというビクトリア女王時代に『サクラ男』がいたんだよ。

江戸時代の日本人が世界に一大センセーショナルを巻き起こしたのは、分かるかな?」

「何だろう?」

「江戸?ちょんまげ?」さやは、髪の毛をちょこっと摘まんで、ちょんまげを作って見せている。大爆笑である。

「ヒントは、美術だな。」

「あっ!浮世絵!!1867年のパリ万国博覧会で日本は伊万里焼を送って、その焼き物保護に包み紙として使ったのが浮世絵の広告紙だったって。当時の画家達が影響を受けたんだよね。」

「ほぉー。桜は、いつ美術に目覚めたんだ?ちゃんと分かっているな!古典派・印象派・バルビゾン派の画家達は浮世絵の技法に影響を受けたんだ。イングラムは、そんなセンセーショナルな日本に影響を受けたんだろう。

鳥の研究家でもあったようだが。日本に桜を見に来ては、ケント州ベネンドン村の自宅に桜を沢山植えて、交配等桜の研究をしていたんだ。イングラムが作った種が今でも見られる逆輸入の桜が、『オカメ』。『太白』を里帰りさせてくれた人でもあるんだよ。」




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